建設委員会視察報告 高松

丸亀町商店街市街地再開発事業について(高松市)

1 高松市の沿革

高松市は、四国の北東部、香川県のほぼ中央に位置する。北は国立公園の瀬戸内海に面し、南は緩やかなこう配をたどりながら讃岐山脈に連なっている。風光明媚な自然に恵まれ、これらと町のたたずまいがほどよく調和する、全国でも有数の美観都市である。また、年間を通して気温較差は小さく、降水量が少ないことが特色である。
「高松」は鎌倉時代に開け始め、天正16年(1588年)、豊臣秀吉の家臣生駒親正が玉藻浦に居城を築き、高松城と名付けたことに由来する。生駒4代54年、松平11代220年を通じて城下町として栄えた。
明治維新の廃藩置県後、香川県の県庁所在地となり、明治23年2月15日に市制をしき、全国40番目の市としてスタートした。
大正、昭和を通じ6回の合併に加え、平成17年、18年の近隣5町との合併により、市域375.09k㎡、人口約42万人を擁する都市となった。
今後は、「21世紀の四国の州都を展望した風格ある環瀬戸内海圏の中枢・中核拠点都市~グレーター高松の創造~海・街・山と人が融け合う元気なまち・高松」を目指し、各地域の特性を生かしたまちづくりに取り組み、地域の活性化を図るとともに、魅力ある都市づくりを進めている。

2 丸亀町商店街再開発について

丸亀町商店街再開発事業は、全長470mに及ぶ商店街をA~Gの7つの「街区」にゾーニングし、段階的に再開発を行う手法で進められている。それぞれの街区に特徴を持たせながら、公園や飲食店、生活雑貨店や福祉サービスなど、これまで丸亀町商店街に不足していた機能を補完していく。
中でもA街区は、都市再生特別地区に指定され、民間都市再生事業の認定を受けた第一種市街地再開発事業であり、かつ、特定民間中心市街地活性化事業の認定も受けており、丸亀町商店街全体を再生する第一歩となることが期待されている。
当該再開発事業は、地元住民が中心となって第3セクターのまちづくり会社を立ち上げ、まちづくり会社が商店街全体のマネジメントを行うという特徴的な手法を採用している。具体的には、まちづくり会社がデベロッパーとなって保留床を取得し、再開発ビルを経営するとともに、再開発ビル以外でも街に必要な機能をコミュニティビジネスとして行う。つまり、商店街全体をひとつのショッピングセンターと見立て、業種の偏りを是正し、商店街全体のテナントミックス(業種混合支援)を図るというものである。

(1)丸亀町の歴史
丸亀町は、天正15年(1587年)、豊臣秀吉から讃岐を与えられた、生駒親正による高松城築城と同時に造られた町である。慶長15年(1610年)、丸亀城(現在の丸亀市)に居住していた領主生駒正俊が、徳川幕府からの「一国一城」の命に従い高松城に移る際に、丸亀の商人を移り住まわせたことが丸亀町の名前の由来である。以来、高松城の城下町として栄え、高松が本州と四国を結ぶ交通の要衝であったことで、自由で洗練された華やかな文化を育んできた。

(2)いままでの取り組み
丸亀町商店街は、地方の商店街として早くから先進的な取り組みを行ってきた。昭和47年(1972年)には、町営駐車場の建設用地の取得に当り、「丸亀町不動産株式会社」を設立した。
またアーケードのリニューアル(1984年)、路面のカラー舗装(1984年)、販促イベント、カード事業(1998年)、清掃などのマネジメント事業はもちろん、ポケットパーク(1985年)やコミュニティ施設の建設(1995年)など、商店街で考えられることはすべて取り組み、いずれも水準以上の成果をあげてきた。

(3)再開発のきっかけ
昭和63年(1988年)、丸亀町商店街は生誕400年祭を開催した。時はバブルの絶頂期であったが、一方では、全国的に中心市街地周辺での駅前再開発や郊外のショッピングセンター建設が次々と表面化し始め、高松においても地元スーパーによる郊外への大型出店も始まっていた。
400年祭が大盛況の最中、「この賑わいがこれからの100年も続き、次の500年祭を迎えることができるだろうか。100年先を見据えた時、もっと抜本的な改革が必要なのではないか。」という懸念が振興組合理事長より投じられた。これが再開発事業の出発点であり、これを受け、青年会が中心となって再開発委員会を発足し、事業が動き始めたのである。

(4)丸亀町商店街の特徴
丸亀町商店街の業種構成は、衣料品等ファッション関係が52%と最も多く、またテナントの比率が36%と高いことが特徴である。
従前は商店街に住み、商いを営んでいた土地所有者が商店街を離れ、テナントとして建物を貸すケースが増えてきている。丸亀町はもともと高松市の中心市街地であり、地代が高いことから、テナント料も比例して高い。このため、飲食店や雑貨店など客単価の低い業種が入居しにくいことが、このような偏った業態の原因となっている。これが当該商店街の課題であり、今回の再開発において解決すべき事柄とされている。

(5)再開発のコンセプト
全体開発の基本方針として、以下の点をまとめた。
ア 都心としての魅力的な都市空間
イ 高齢者から子どもたちまでが楽しめる街としての魅力的な商店街
ウ 高松の文化の発展への寄与
エ 地域に根ざした中小企業による産業振興と雇用の創出
オ 採算性の高い事業枠組による経済合理性の追求

(6)各街区について
A~G街区それぞれにコンセプトを持った整備を計画している。特にA、D、G街区には市民広場やポケットパークなど、核となる施設を整備する。

(7)A街区について
ア 事業概要
A街区では、平成13年(2001年)3月に約0.4haの区域において都市計画決定を受け、平成14年(2002年)10月に市街地再開発組合が設立された。そして平成17年(2005年)3月に再開発ビルの工事に着手し、平成18年(2006年)12月にオープンした。平成19年5月にはイタリアのガレリアを彷彿させるドーム・アーケードが完成した。

イ 事業スキーム
A街区の事業スキームの特徴は、まちづくり会社が地権者と定期借地権契約を結び、まちづくり会社が建物を建設し、所有することである。これにより、建物全体を一体的に運営できるとともに、総事業費を抑えることができる。
また、テナントの売上高に応じて地権者の家賃収入が増減する「オーナー変動地代家賃制」の導入も特徴と言える。全国の中心市街地では、地権者の家賃収入が一定であるところが多い。しかし当該再開発においては、本制度の導入により、地権者とテナント、まちづくり会社が売上増加という同じ目標に向かって事業運営していくことになり、中心商店街の活性化につながることが期待されている。

3 視察を終えて
丸亀町商店街は、アーケードにカラー舗装と、非常に馴染みのある商店街である。現地視察の際は、高松市の担当者の説明を受けながらG街区より北上した。平日の午後であったが人通りも多く、町の活気を感じた。
しばらく歩くと突如ヨーロッパの町並みがあらわれた。A街区である。仰ぎ見ればガラスドームが迫ってくる。見回せば、ブランドショップが立ち並んでいる。上層階の踊り場のベンチにはお年寄りが座っていた。蒸し暑い日だったが、冷風が出る設備があり、快適である。
A街区を歩きながら、「もしこのようなビルが江戸川区にあったら何と素晴らしいだろう」と何度も感じた。市民と行政の協力により結実した成果を目の当たりにして、まちづくりへの意欲が掻き立てられた。良い刺激を享受するには充分な、意義ある視察であった。